
プロフィール
思想家。弁護士。
東京都千代田区平河町出身。1936年東京生まれ。
1966年東京で弁護士登録。
1968年金嬉老事件の主任弁護人となり、裁判の場に初めて在日朝鮮人問題を提起する。
1969年日本における若者最後の反乱というべき東大安田講堂事件の主任弁護人となり、三百数十名の被告人(学生)の統一公判を要求、分割公判を強行する東京地裁と全面対決した裁判闘争を展開。
1988年積雪・寒冷地の住民を長年苦しめてきたスパイクタイヤによる道路粉塵公害を解決するため、長野県弁護士会公害対策委員長時に、タイヤメーカー七社を相手取って公害調停を申立て、スパイクタイヤの全面製造・販売中止の調停を成立させる。
1991年資生堂・花王を相手取った民事訴訟の代理人となり、裁判等を通じて化粧品メーカーの独禁法違反問題を提起。
1996年カルト教団の宗教施設建設計画阻止のため地域住民を指導し、代理人として建設差止の調停を申立てるなどして撃退に成功。
その他、ダム建設差止訴訟なと弁護士として多数の社会的問題、環境・公害問題に取り組む。
1995年オウム事件を契機に執筆を開始、膨大な資料を徹底的に探索・検証し、根元的な思索と精神の激闘が「仏教解体」となる。
2018年ネオニコチノイド系殺虫剤のヘリコプター空中散布の中止を求め長野県松本市を提訴。
2019年4月元号制定は違憲であるとジャーナリストの矢崎泰久らと国を提訴。